東京地方裁判所 昭和40年(行ウ)26号 判決 1971年4月02日
東京都中央区日本橋江戸橋一丁目一一番地
原告
竹腰糖業株式会社
右代表者代表取締役
龍山正範
右訴訟代理人弁護士
芹沢政光
上治清
土屋博
東京都中央区日本橋堀留町二丁目五番地
被告
日本橋税務署長
金森三郎
右指定代理人
光廣龍夫
石倉文雄
藤沢保太郎
清水順
右当事者間の法人税更正処分等一部取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の申立て
(原告)
被告が原告に対し昭和三八年二月二七日付でした原告の昭和三四年六月五日から昭和三五年五月三一日までの事業年度の法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定のうち審査裁決によつて維持された部分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決
(被告)
主文と同旨の判決
第二、原告の請求原因
原告は、砂糖の精製、販売等を業とする株式会社であるが、昭和三四年六月五日から昭和三五年五月三一日までの事業年度の法人税について所得金額六四三万二、二三一円、税額二三四万、二三〇円と確定申告したところ、被告は、原告会社の代表取締役でありまた株主であつた亡竹腰進一が、昭和三五年四月一日台糖株式会社に対して原告会社の発行済株式の全部に当る一万六、〇〇〇株(額面合計八〇〇万円)を代金四、〇〇〇万円で譲渡し、台糖から同月二日一、〇〇〇万円、同月三〇日二、〇〇〇万円、同年一二月二四日一、〇〇〇万円を収受したのが、その実質において、原告会社の粗糖外貨割当権の譲渡であつて、原告会社は、右四、〇〇〇万円を受領すべき権利を取得したものと認めて、昭和三八年二月二七日付で右所得金額を五、七六四万五、六〇七円、税額を二、一八〇万五、三二〇円と更正するとともに、過少申告加算税九七万三、〇五〇円の賦課決定をなし、その後、東京国税局長の審査裁決により、右所得金額は五、六〇四万四、四〇〇円、法人税額は二、一一九万六、八七〇円、過少申告加算税額は九四万二、六〇〇円とそれぞれ減額された。
しかし、原告会社の粗糖外貨割当権がすべて台糖に移転するに至つたのは、前叙のごとく台糖が竹腰から原告会社の株式全部の譲渡を受け、原告会社に対する支配権を獲得したことによるものであつて、決して、被告の主張するごとく原告会社が台糖に右粗糖外貨割当権を譲渡したことを意味するものではない。そして、台糖が原告会社の粗糖外貨割当権を入手するには、食糧庁において粗糖外貨割当権そのものの売買を認めていなかつたために、右のごとき株式譲渡の方法によらざるを得なかつたのであるが、該株式譲渡については、台糖では昭和三四年三月二七日及び同年一二月一一日開催の各取締役会においてその旨の決議がなされ、昭和三五年四月一日付で竹腰との間に株式売買契約書が取り交わされ、同年七月一九日その株式全部の引渡しがなされ、また、前叙のごとく、その代金四、〇〇〇万円が現実に台糖から竹腰に三回にわたつて支払われ、その最終支払日である同年一二月二四日竹腰は、株式の譲渡に伴う有価証券取引税を納入ているのであるから、もとより、該株式譲渡は、真実、竹腰と台糖との間に行なわれたものであるというべきである。もつとも、株式の譲渡代金が粗糖外貨割当権の時価を基準として決定されたことは事実であるが、これは、原告会社の資産が粗糖外貨割当権を除けば僅かな溶糖設備と車輌にすぎず、しかも、いずれも、台糖にとつては殆んど利用価値のないものであつた事情に基づくものであるから、右の一事をもつて、被告主張のごとく、竹腰と台糖との間になされた原告会社の株式の譲渡が、実質的には、原告会社と台糖との間の粗糖外貨割当権の売買であつて、その実態を隠ぺいするための仮装行為又はそれらの租税回避行為といえないのはもとより、そもそも、竹腰と台糖との間に行なわれた株式売買を否認して、これを人格の異なる原告会社と台糖との間の粗糖外貨割当権の売買と認めるがごときことは、許されないものというべきである。それ故、被告のした前記各課税処分は、違法であつて取り消すべきである。
第三被告の答弁
原告主張の請求原因事実のうち、原告会社が粗糖外貨割当権を台糖株式会社に売却した事実がない点は否認するが、その余の主張事実はすべて認める。
竹腰進一が台糖から株式譲渡代金名義で収受した四、〇〇〇万円は、次に述べる理由によつて明らかなごとく、原告会社の粗糖外貨割当権の譲渡代金であるというべきである。すなわち、(1)株式の譲渡価格は、譲渡時における会社の純資産の額を基準として決定されるのが通例であり、原告会社の昭和三五年四月一日当時における純資産の額は、粗糖外貨割当権を除けば、ほとんど無価値の状態であつたことは、原告の認めて争わないところであり、したがつて、また、原告会社の全株式の譲渡価格が、原告の自認するごとく、粗糖外貨割手権の時価だけを基準として、四、〇〇〇万円と決定されたということは、それ自体すでに、右株式譲渡の実質が粗糖外貨割当権の譲渡であることを意味するものというべく、(2)また、前叙のごとく竹腰は、原告会社の全株式を台糖に譲渡してその支配権を喪失したといいながら、その後も昭和三九年死亡するまで、原告会社の代表取締役の地位にあつてその経営を主宰し、台糖にはなんらの連絡等もなしに原告会社の資産や資金をみずからが代表取締役となつていた竹腰不動産株式会社又は株式会社竹腰商店に売却したり、低利で貸し付けたりしており、台糖としても、竹腰から白地裏書の方式で株式の引渡しを受けながら、昭和四〇年ころまで名義書換えの手続をしておらず、原告会社の株式総会に出席したり、各事業年度の決算報告を求めた事実はなく、竹腰に交付した前記四、〇〇〇万円も、有価証券勘定でない「その他の流動資産」に計上し、期末にこれを償却しているばかりでなく、(3)被告の所部職員が調査を行なつた際、台糖から、前叙のごとく株式の譲渡価格は粗糖外貨割当権の価格だけを基準として決定されているので、原告会社の粗糖外貨割当権以外の資産を台糖が取得するにはさらにこれに相当する代金を支払わなければならない旨の説明があつたことからみても、原告会社は、その粗糖外貨割当権を台糖に譲渡し、台糖が竹腰に交付した四、〇〇〇万円は、その譲渡代金であつて、原告主張の株式譲渡は、右の実態を隠ぺいするための仮装行為又は租税回避行為であるというべきである。
第四証拠関係
(原告)
甲第一ないし第七号証(但し、第五、第六号証は写)を提出し、証人富山哲、渋沢作次、藤崎辰雄、出羽孝嘉、宮脇音次の各証言を援用し、乙第一〇号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立は認める。
(被告)
乙第一ないし第一〇号証を提出し、証人富山哲、渋沢作次、宮脇音次の各証言を援用し、甲第一号証、第四ないし第六号証の成立(但し、第五、第六号証については、原本の存在も)は認める。その余の甲各号証の成立は不知。
理由
本件各課税処分の経緯が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
ところで、原告は、原告会社の粗糖外貨割当権を台糖株式会社に売却した事実はなく、右割当権が台糖に移転するに至つたのは、台糖が昭和三五年四月一日原告会社の代表取締役でありまたその株主であつた竹腰進一から原告会社の全株式を代金四、〇〇〇万円で買い取つたことによるものであると主張し、甲第二号証(株式売買契約書)甲第三号証(有価証券取引書)及び証人出羽孝嘉の証言には、右主張にそう旨の記載、供述がある。しかし、株式譲渡時であると主張する昭和三五年四月一日当時における原告会社の資産は、粗糖外貨割当権を除けば、無価値の状態に等しく、また株式の引渡しの行なわれたのも、右譲渡時より三カ月余を経た同年七月一九日であることは、原告の認めて争はないところであるばかりでなく、原本の存在ならびに成立に争いのない甲第五、第六号証、成立に争いのない乙第一ないし第三号証、証人富山哲、渋谷作次、宮脇音次の各証言によれば、前掲甲第二号証の株式売買契約書自体も、実際には、その日付の昭和三五年四月一日ではなく、それよりかなり後になつて作成されたものであり、株式の名義書換えも、昭和四〇年四月以降に行なわれたこと、また、竹腰は、前叙のごとく原告会社の全株式を台糖に譲渡しておきながら、その後も原告会社の代表取締役の地位にあつてその経営を主宰し、台糖において原告会社の経営に関与した事実のなかつたことが認められ、さらに、当時製糖業界では砂糖輸入の自由化に備えて企業の合理化、再編成の必要があつたところから、大手メーカーが粗糖外貨割当権の買収に乗り出し、該割当権はそれ自体独立の権利として、頓当り三万五、〇〇〇円ないし四万円の高値で取引されており、台糖も、原告会社から約一、〇〇〇頓分の粗糖外貨割当権を買い入れることとなつたが、その方法については、課税事情に明るい竹腰の進言を容れて、非課税となつていた株式譲渡の形式をとり、原告会社の再製糖工場設備の時価及び粗糖外貨割当権の時価で全株式を譲り受けることとし、その旨昭和三四年三月二七日及び同年一二月一一日の再度にわたり取締役会の承認を受けていること、ところが、食糧庁としては、業者間における粗糖外貨割当権そのものの売買を認めず、業者が正式に右の割当権を入手するためには、工場設備の買収、合併、営業権の譲受けのいずれかの方法によらざるを得なかつたところから、原告会社は、昭和三五年二月一五日開催の臨時株主総会において、再製糖工場を台糖に売却する旨の議決をなし、台糖とともに、それぞれの所属する日本再製糖工業協同組合と日本精糖工業会を通じて、食糧庁長官に対して再製糖工場の売買に関する承認申請書を提出し、同年四月一二日付でその承認を受けていることを認めることができ、右認定に抵触する証人藤崎辰雄及び出羽孝嘉の各供述部分は、前掲各証拠と対比してたやすく措信することができず、他に右認定の妨げとなる証拠はない。しかして、以上認定の諸事実に、竹腰が台糖に譲渡した原告会社の全株式の譲渡価格が粗糖外貨割当権の時価だけを基準として決定されたという当事者間に争いのない事実を併わせて考えれば、竹腰が前掲甲第二号証記載のごとく台糖に原告会社の全株式を譲渡したことが、被告主張のごとく全く仮装の行為であるとはいえないとしても原告会社がそのころ約一、〇〇〇頓分の粗糖外貨割当権を台糖に売却したことは、否定し得ないところであつて、台糖が原告会社の代表取締役であつた竹腰に交付した前記四、〇〇〇万円は、右粗糖外貨割当権又は同割当権と株式の譲渡代金(但し株式譲渡代金は、零)であるというべきである。
よつて、右四、〇〇〇万円が原告会社の粗糖外貨割当権の譲渡代金でないことを前提として、本件各課税処分の取消しを求める原告の本訴請求は、その理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡部吉隆 裁判官中平健吉、同斉藤清実は、いずれも転任のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 渡部吉隆)